36. 『ツチノコと潮風』上下巻 都会と離島、繋ぐはスーパーとツチノコ館
隣の芝生は青く見える。人のものがおいしく見える。
都会人は田舎暮らしに、田舎者は都会暮らしに憧れたりする。
私は生まれも育ちも都会より。どこにでもあるような内陸部の普通の住宅地出身なので感じたことのない感情だが多くの人が一度は思うだろう。
夢をあきらめスーパーに就職した主人公の男は新店舗の店長としてとある離島へ転勤する。そこは都会とは異なる時間の流れが存在する独特な社会だった。その島内でも浮いた存在である「ツチノコ館」の娘妹がバイトの面接に来た。都会に憧れる彼女はツチノコを追い続ける姉と店長をくっつけようと画策する。
河野別荘地先生の『ツチノコと潮風』は日本のある縮図を描いている。それは地方格差だ。こう簡単に一言で終わる話ではないが、島は作中の女子高生にとって魅力も物も人も何もない場所に思えてしまう。姉が島やツチノコにこだわる理由も目の前にある島の良さも都会の前ではぼやけて見えなくなる。都会は多くの夢見る若者を惑わせてきた。
対比的に描かれる主人公は成り行きでスーパーの仕事についていた。本来の夢から離れバイトしていたスーパーの上司の言葉でやる気を出しそれなりにやりがいを見出していたが、将来は何も見えていなかった。
将来に期待する女子高生と今を漠然と生きる男、そして妹を見守る姉や実家業を継ぐ兄と不仲な弟など皆現状に何かしら問題を抱えて生きている。ごくごく一般的な人物達だけで描かれている物語なのだ。
一気に上下巻を読んで、少しの悲しみと前向きな感情、爽やかな読後感に包まれた。読者が知るのは彼らの成長過程、ある人物の人生の数か月間を切り取ってみているに過ぎない。
自分の人生に置き換えるとどうだろうか。
健康無事ならおよそ80年の人生で何度選択を繰り返し何度間違えるのだろう。考え出すと憂鬱になってしまうかもしれない。けれど結局私たちはこの世界で最後の日が来るまでどうにか生きていかなければならない。その間に何をするかは個人次第なわけで、無駄にするのも有効活用するのも本人次第だ。
なんて当たり前を書き連ねても私の生活が改善するわけではない。しかしたまに普通にまともなことを書かないと自分が社会から外れてしまう気がするのだ。
夢を追いかけ生きるのは悪くない。文字通り夢がある生活は苦しくも希望を感じて生きるのと同義だと思うから。
姉のように諦めずツチノコを探す日々もいいものだと思い続けたい。