61. 『ブランクスペース』1~3巻完結 空 白 の 意味
「何もない」とはどういう状態だろう。
大気に満ちた地球上において何もない場は存在しない。
何もないという言葉を使うのは、
「(興味あるものが)何もない」だったり
「(食べたい物が)何もない」という広義の意味だけだ。
もしも何もない空白を五感で感じることができたなら、いったいどんな知覚なんだろうか。浅い哲学的な問いかもしれないが、興味がある。
今回の漫画の読後にそんなことを思った。
熊倉献先生の『ブランクスペース』は3巻で完結済みのマンガだ。
失恋直後の主人公(表紙右)は突然の雨から逃れるように近道した森の中で透明な傘をさすほとんど話したことないクラスメイト(表紙左)と遭遇する。彼女は構造を理解していれば想像した物を透明な状態で無から生み出す力を持っていた。
普通の傘を持たず道に出れば濡れてしまう彼女を主人公は自宅に連れ帰った。
これをきっかけに立場も価値観も異なる2人は仲を深めあっという間に2年生に進級する。別クラスになった2人は昼食は一緒に食べ下校を共にするが、実は彼女は新たなクラスでイジメられていて……
タイトルの由来や表紙絵の幅広な余白は友人の能力が元になっていると読み始めて気づく。
作品の肝となるその能力は、単純な形で仕組みが分かりやすい物(例 ハサミ、傘)は容易に生み出せるが機械類や構造が難解な物は知識と訓練をしないと生み出せない。また透明物は忘れたり長く放置されると消えてしまう。透明だが友人は知覚できるらしい。透明なだけで実在するので他人が触ることもできる。
友人は無意識に鬱憤が溜まると透明な風船を作り出してしまうようで体育の授業中に風船を造ってしまった時など人目がある場所だと処理に大変困る。
現代ファンタジーの作品だがもう一つの主軸は主人公と友人の人間関係、人と人の繋がりだ。
作中にはその2人以外にも中盤から主要人物が登場する。友人がよく訪れる古本屋の孫、ファミレスの常連と店員。彼らのストーリーと主人公達の物語が終盤にかけて交差していき一つになる。能力の秘密、透明なものたち、街の過去が明らかになる。
読み進めると都度、胸が痛む場面があった。いじめを受ける友人の境遇にいじめを受けたことがない私が安易に共感することはできないが、それでも涙を抑えられなかった。
彼女は部活をする主人公との距離が離れ、誰にも打ち明けないまま孤独の果てに思考が先鋭化していく。
ゾッとした。
もしも身近な人がこうなったとしたら……私は止められるだろうか?
そもそも、そうなる前に力になってあげられるだろうか?
物語の登場人物はよく勇気を持って行動する。並大抵の行為じゃない。すさまじいエネルギーと覚悟を必要とする危険なことだ。
動いた結果後悔が待ってるかもしれない。分の悪い賭けなら引いた方が己のためかもしれない。
しかし、何もやらず何もできずに後悔した経験は誰しもあるだろう。あの人に告白しておけば。あの時旅行に行っていれば。テストで回答を変えていれば。そんな後悔は時に一生後ろをついて回る。
なら嫌でも苦しくても踏ん張らなければいけない時がある。その日が来たら行動できるような少しの勇気がもらえる、そんなマンガだった。
3巻という決して長くないページだが確かに心を打つ話が描かれている。作中のお気に入りの表現に文章の空白を活かして透明人間を描いているところがある。のちの伏線でもあるが、ぐっと感情が湧いてしまった。
まだ若手であろう作者の次回作が非常に楽しみだ。