91. 『物質たちの夢』 ハサミの反乱と脳信仰と社会性
SF(Science Fiction)とは近未来の科学をベースにした創作物を指す。
って勝手に私が定義したので厳密には違うかもしれない。
遺伝子、ロケット、人工生物、そしてロボットや人工知能が100年以上前から小説で扱われ、世界初のSF映画『月世界旅行』を機に映画界技術発展にも影響する。創作の一大ジャンルとして現在まで君臨している――はず。
このブログで度々述べている通り、特にSFの祖の小説分野においては人気の衰退は否めない。やはり「難解で読みにくい」「本が分厚い」などがネックだと言われている。
だからこそ手軽に読めるマンガでSFを描くことに意味があるのだと思う。
八木ナガハル先生の『物質たちの夢』は作者の3作目にあたる短編集だ。
現在4作まで出ているが最新作は未読なのでそれはいずれ紹介する。
本作は「涼子さんシリーズ」の”ハサミ”の連作と他短編が収録されている。
ハサミの話は惑星中のハサミが突如意思を持ったように動き出して人々に反旗を翻すストーリー。
彼らは宙を飛び、人の支配から脱出して自ら以外の全存在を支配するに留まらず宇宙全体の支配を語るようになる。ドキュメンタリー映画監督でジャーナリストの涼子はその様子を記録に収めようと奮闘するが……
ハサミが動き出し反乱するという奇怪な展開。だがその背景には綿密なハイサイエンスの原理が敷かれている。ハサミたちと涼子の運命はぜひ読んでほしいが、話中に登場する”宇宙での追いかけっこ”が私にとって新事実で興味深かった。
惑星外で2つのロケットが追いかけっこする。前のロケットに追い付くには単純加速すればいい……わけじゃない。物体は加速すると軌道が膨らみ外側へズレてしまう。なので追いつくためにはエンジンの逆噴射で減速し軌道を萎ませて前方に出てから加速する必要がある。
言葉だけだと訳が分からなくなりそうだが、漫画内に解説図があるので詳しくはそちらを参考にしてほしい。
他の話にも触れておこう。
盲目の少女が地球でできない手術のため火星行きの船に乗り込む話。
宗教デザイナーが作った”拝脳教”による惑星社会の変遷話。
たった2人を残して学校から教師も生徒も消えてしまった話。
科学的テーマの中に哲学・倫理的問題を組み込んだ短編の質は高い。
読後の解説・補足コラムのおかげもあって作品の解像度が上がり、読者の空想をさらに飛躍させてくれる。
読んで面白いだけでなく、きちんとした問題提起をしてくれる作品だ。
地球と人類の未来を一人単位で考えなければならない時代に、私たちは既に突入している。
今以上の超技術を手にしたとき、それは人類を救ってくれるだけなのか?
地球は?
他の生物は?
広大の一言なんかで言いきれない宇宙で、数少ない生物住む惑星がこの先も1年でも長く続くように祈りたい。
SFをフィクションとして楽しめる時代がいつまでも続いてほしいと思った。