92. 『鬼踊れ!!』1~3巻完結 伝統は守るべきものか、変化していくものなのか
中学校の体育でダンスが必修化されたのはもうずいぶん前のことだ。
私が中学生の時はまだ必修ではなかったものの、クラスごとに創作ダンスをしなければならない期間があった。
曲の選定はまあ良いとして、ネックとなるのはオリジナルの振付。
私はもちろんほとんどの生徒はダンスを習ったことも無ければ大して興味もないためどんな振りをすればよいのか、まるでわからない。
うちのクラスは幸いダンス歴10年の子がいたので彼に全任せ。といっても彼ですら約1分半の創作は負担だろうから、オリジナルを装って曲公式の踊りを彼が完コピして、私たちはそれを教唆してもらい発表日を乗り切った。
踊りに苦い思い出があるせいか印象は特別よくない。
恥ずかしさが占める割合も大きい。
篠原ウミハル先生の『鬼踊れ!!』は伝統芸能に向き合う新米教師と高校生たちの青春物語だ。
サラリーマンからこの春、東京の高校で教師となった主人公は桜の木の下で鬼のような格好の化け物?を見かける。
不思議に思っていたが、のちに先輩教師に鬼の化け物こと「鬼剣舞」をする女子生徒を紹介される。彼女は地元岩手の伝統芸能を幼いころから続けていた。しかし部活にはしたくないという。
なりゆきで伝統芸能部の顧問を任された主人公は、まず部活設立のため部員集めに奔走するのだった……
幅広い種類のある高校部活ものの中でも、ややマイナーな”伝統芸能”にスポットを当てた意欲作。
作者は知り合いの話から鬼剣舞に興味を持ち、東北を中心とした伝統的舞踊を好きになったことが漫画を描くきっかけになったらしい。
私も本作を読むまで当該の伝統芸能は知らなかった。
鬼面(正確には鬼ではなく仏面)のビジュアルだけみると奉納の舞・神楽の一種かと思った。厳密な違いは分からないが、鬼剣舞は岩手の一部に伝わるもので地域ごとに多様化しているもの。
伝統と聞くとどうしても身構えてしまい自分と縁遠い感覚がしてならない。古臭さと固定観念に縛られた風習ではないかと極端な意見を持っている人もいるだろう。
「いかに後世に残すか」は作中の大きなテーマの一つでもある。
大衆にとって敷居が高く難解でとっつきにくく面白みに欠ける。そう思われていてはどんな文化も衰退するしかない。誰かが残したいと願うなら生き残る方法を模索しなければならない。
主人公は読者の多くと同様、鬼剣舞もその他伝統舞踊もまるで知らない素人だった。しかし彼女の舞に心打たれ、こう思う。
「かっこいい」
興味を持つにはたったそれだけの感想でいい。
確かに伝統に対する思いは担い手によって異なる。
「どれだけ衰退しても昔ながらの形を維持し続ける」
「時代に合わせ多少の変化はやむなし」
「後継のためなら何でも利用する」
受け手の大衆はまず伝統に触れなければ何も始まらない。
つまり担い手の信条に関係なく、多くの人に見てもらい興味を持ってもらわなければ育つ人材も育たない。
シンプルな感想でも世俗的な魂胆でもいい。少しの興味が未来への扉を開く。
伝統芸能の存続と発展、部員それぞれの悩みや過去の辛苦。
そして主人公の抱える秘密。
高校生の複雑な心を主人公はフラットな目線で解きほぐしていく。
全員が部活に、踊りに真剣に向き合い好きになっていく。
そして目指す全国高等学校総合文化祭の出場。
残念ながら3巻という道半ばで終わってしまった連載だがまとめ方は悪くない。
全体を見返すと展開が早い感じは否めないが、心理描写や問題解決の過程は可能な限り丁寧に描いている。
せめてもう一巻読みたかったが、鬼剣舞などの伝統芸能を知れたことだけでも収穫だった。
作者の出世作は『鬼踊れ!!』の前作なのでそちらもいずれ読みたい。