78. 『亜人ちゃんは語りたい』11巻完結 亜人と人の繊細な交流を描いた傑作
ここ最近紹介した作品には人の姿をベースにした人ではない者たちが活躍する話が多かった。
別に意図していたわけじゃないが、私の好みの一つなのかもしれない。
獣人やサキュバス、悪魔に人造人間などそういうキャラを総合して”亜人”と呼んだりする。
「亜」とは次や二番目という意味がある言葉。つまり亜人とは生物学上のヒトと比べて外見や性質がやや異なる人、という意味になる。
ペトス先生の『亜人ちゃんは語りたい』がついに完結した。
亜人種と人が共存する世界。高校の生物教師・高橋が生徒でヴァンパイア=吸血鬼のひかりに相談を受ける。彼は学生時代から亜人に強い興味があり、亜人研究者を目指していた過去を持つ。2人の出会いは偶然だったが、まさに運命だった。
ひかりの様々な「相談」を受けヴァンパイアの性質を考察していく内に高橋の元へ他の亜人も来るようになる。デュラハンの京子、雪女の雪、同僚の数学教師でサキュバスの早紀絵。彼女たちと交流する日々は亜人好きの彼にとって充実したものであり、亜人達に対する考え方が変化する経験でもあった……
私が本作に初めて触れたのはアニメ版だった。
何気なく見たそれは信じられないほど面白かったのだ。
すぐさま原作を購入して以来新巻を買い続けてきた。完結は嬉しい反面、寂しさも大きい。
さて、ここからは本作の振り返りをしていきたい。
少しのネタバレを含みます
ヴァンパイア、デュラハン、雪女、サキュバス、座敷童など本編中に多く登場した亜人。タイトルは”あじん”ではなく”デミ”と読む。古く堅苦しい呼称は可愛くないと、若者に浸透しだした呼び名だ。
彼女たちはそれぞれ一般人とは異なる性質を持つ。たとえばヴァンパイアのひかりなら――夜目が利く、血が好き、身体能力が高いなど。そうした性質は現実の伝承をそのまま作品に利用している。世界中の口伝から、なぜヴァンパイアが恐れられるのか、吸血鬼のイメージが形作られていったのか、高橋は彼女の話を聞いて推論を立て可能な限り実証する。
オカルト的ともいえる各亜人の伝承・伝説を作者の深い洞察力で考察、妄想、発展させてストーリーとキャラクターに落とし込んでいる。その完成度とリアリティ、オカルト好きな私を含む読者を納得させる理論的説明の数々には思わず驚嘆のため息が出る。
雪女なら暑さに弱い。デュラハンは首がないため頭を持ち歩かないといけない。サキュバスは無意識的に異性を催淫してしまう。
それぞれの性質は本人がひどく悩んでいるものもあれば、案外他人が気にし過ぎているだけの場合もある。一人一人と向き合い話し合って、解決策や改善策の方針を固める。もし解決できなくても誰かに打ち明けることが救いになることもある。
知的好奇心からくる高橋の亜人への好意は研究者でありオタク的でもある。だがしかし決して独りよがりではない。
彼も一人の人間だ。思い悩み、時には間違いもする。けれど生徒を見守る教師として、大人としての責務を果たそうと真面目に行動できる。素晴らしい主人公だ。
そんな彼と関わる亜人たちの交流は和気藹々だ。年頃らしく恋バナで盛り上がったり勉強に苦戦したりする。自身の性質のせいで誰かを傷つけるのでは鬱屈としてしまいこともあれば、友人関係の正解を求めて心境がぐちゃぐちゃにもなる。
こうした心理描写とその解決に至る道程が非常に繊細かつ現実的に展開される。思わず胸が痛くなり目頭が熱くなるシーンも少なくない。
作者が本作で伝えたいのは大きく2つあると思う。
一つは亜人ちゃんたちから伝承・伝説の面白さを届けること。
もう一つは、彼女たちの暮らしと成長から現代社会における我々「ヒト」自身の人間関係の在り方を考え直すきっかけを与えてくれる。
非現実なようで現実以上に現実を映し出す鏡の役割をする作品なのだ。
故に仰々しいかもしれないが私なりの最大限の敬意と感謝を込めて
「傑作」という言葉を使わせてもらう。
ペトス先生、連載お疲れさまでした。
次回作も楽しみにしています。