読んだら書くだけの存在

漫画や本を読んだ後の個人的感想の記録

75. 『黄色い耳((胎教))』 ギャルと異形の新生物による生命の奇跡

 我々人類にとってとはどんな存在か、考えたことはあるだろうか?

 私はもちろん……考えたことがなかった。

 

 広範囲の音を聞くために必要な身体部位であるだけじゃなく、形の違いから個人の識別もできるかもしれない。注目して見てみると十人十色、千差万別で、耳以外にあからさまな個性が出る部位は少ないとすら思える。

 

 五感のうち聴覚を司り「馬の耳に念仏」や「壁に耳あり障子に目あり」などことわざや慣用句でも使われやすい文化的にも影響がある耳。

 

 もし耳をテーマに漫画を描いたらどんな話になるだろう?

 

 

黄色い耳(((胎教))) (LEED Café comics)

 

 三度目の登場。黄島点心先生の『黄色い耳((胎教))』は正に耳尽くしの一冊となっている。 

 

natu-comic.hatenablog.com

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 本作は上記2つと合わせて『黄色い』シリーズのうち最新作だがホラー要素はほぼない

 

 一人のギャルが交際相手のDVに耐え兼ね仲間のギャルと共に彼氏を殺害。山に埋めたことから話が始まる。

 友人男性グループの誘いで心霊スポットへ向かうギャル一行。偶然にもそこは死体を埋めた場所だった。某キノコの作用でトリップしている最中、主人公は死体を埋めた場で喋る人型のキノコと出会い一目ぼれする。そしてそのまま”彼”と一夜を共にする。

 人型キノコの正体とは? 彼と相思相愛の主人公の運命は如何に……

 

 

 なんといっても設定の奇抜さに目を惹かれる。

 耳から始まり耳に終わる。たとえば胎児の形は耳に似ているという。確かにエコーで見ると輪郭は近しい。キノコも漢字で書くと「」だ。出てくる単語も要素も耳に関連するものばかり。

 

 耳と茸、妊娠と出産、地球の歴史と古代文明、話の裾野は世界規模で広がる。普通の人なら耳から話を作ったとして身近な出来事に収まってしまい、壮大なスケールで書けないだろう。

 仮に形から胎児を、字から茸を連想しても設定に活かすにはさらなる想像の飛躍が不可欠だ。まさしく作者にしか完成しえない怪作である

 

 

 本作にはもう一つ「胎教」ではなく「地獄」という耳の短編が収録されている。こちらは前者とは異なるベクトルの切り口で耳と向き合ったお話だ。

 

 中世の日本風な世界観を舞台に一人の若い女が従者と山を登る。目指すのは自身がと二人で幼少期を過ごした実家だ。

 母を亡くし出稼ぎの父を兄弟だけで待つ日々は飢えの苦しみ以外にも妹にとって嫌なことがあった。兄の耳かきだ。兄は耳くそが酷く溜まりやすい体質でそれは取ってもすぐに砂のようにサラサラと奥から湧き出てくる。キリがないので少し放置していると溜まった耳くそにアリジゴクが住み着き大量のアリをおびき寄せるようになって……

 

「何だこれ」と思わず口に出しそうなこのストーリー。

 いったいいつどうやって思いついたのか不思議に思う。しかし冷静に作者の真似をして連想をすれば、やはり過去作や『胎教』と同様に形態や語感を重視しているとわかる。

 

 作者は現実を限界まで伸展させたその先に見出した非現実を描いている。そこにある物体も事象も読者の身近なものとは形式がズレている。妙なリアリティを感じつつも明日に起きるわけがない出来事が唐突に現出するため読めば読むほど脳がほどよく混乱していく。現実と空想の境が溶け合い渾然一体となったとき、頭に浮かぶのは

「面白かった」

の一言のみ。

 

 

 

 収録2作ともにオチまで一気に読んでほしいたっぷり濃厚な一冊。

 

 

 リイド社にはぜひ黄島先生の新巻を出してほしい。