読んだら書くだけの存在

漫画や本を読んだ後の個人的感想の記録

63. 『世界鬼』1~11巻完結 少女に凝縮された闇に一条の光が差す

 精神世界が登場するマンガは多い。

 

 何らかの能力を経由して誰かの心に潜りその人を救ったり、他社の支配から解き放ったり、当人の過去を知る展開は王道だ。

 

 潜る精神世界にありがちなのはドロドロの黒に覆われた空間に当人が囚われている状況。心に深い闇を抱えた人を助ける。友情が光る名シーン。

 

 とはいえ心の闇をテーマにしているわけだから良い話ばかりではない。

 もし救える手段が1つしかなかったらどうすればいいのだろうか。

 

 

世界鬼(1) (裏少年サンデーコミックス)

 

 岡部閏先生の『世界鬼』1人の少女が抱える闇を中心としたお話だ。

 

 親戚一家に引き取られた中学生=東雲あづまは鏡の中に不思議な存在が見える体質で、飼っている文鳥を唯一の友として不登校生活を送っていた。それは凄惨な毎日だった。義母から虐待され、義父から犯され、長男には文鳥を殺され、次男から殴られた。 

 非力な彼女には抗うすべがなかった。拠り所だった文鳥の死骸をポケットに入れたまま過ごす日々。だが突然、彼女は他人には見えない巨人に襲われる。街や人が破壊されていく中で彼女は鏡面から現れた謎の存在に鏡の世界へ連れていかれる。

 殺風景なそこには主人公と同じく鏡に幻覚を見る6人がおり、街を破壊した巨人も出現した。彼らが脱出するには巨人を倒す以外ないと言われ……

 

 

 裏サンデー連載時に公式サイトで読んでいたのが懐かしい。完結がもう8年近く前のことだと知って驚いた。

 

 デスゲーム系のストーリーだったと記憶していたが時間を置き改めて読んでみると、そう単純でもなかった。確かに強制的に集められた閉鎖空間で命を懸けた敵との戦いをするのでシチュエーションは同種に思える。がしかし細かな設定を見ると相違点は多い。

 本作では集められた7人が戸惑いと衝突をしながらも割とすぐ協力体制を整える。仲間割れの人間模様はメインキャラ達の間にはほとんど起こらない。またキャラは異世界と現実を数日に渡って行き来する。倒すべき敵=世界鬼が明確なのでやることも単純明快だ。作中でもメタ的にセリフがあるGANTZに近い。

 

 他の特徴としては異世界でのみ使える実体化顕在化の能力がある。詳細は長くなるので省くが、実体化は想像した物を知識量に応じて作り出せる力だ。丁度一昨日書いた『ブランクスペース』の能力にも似ている。ただしこちらは透明でないが。主人公たちはこれらの力を使いこなして敵を倒す。

 

 

 主人公・あづまを含め、登場人物は何かしら心に闇を抱えている。それは孤独や依存、色情や傲慢、怠惰、贖罪など各々異なる。

 世界鬼を倒していく中で得た経験や出会いは彼らの心は大きく揺さぶり苦悩させる。しかしそれを乗り越えた時にだけ胸内へ光が差し込む。救われるためには自らが変わり動いていかなければならないと知る。

 

 自他の命、世界の命運さえ背負わされる重責は耐え難いもので当人たちはそんなことを初めから望んでいなかったわけだが、逃げられない運命を進むしかないなら、たった一つの想いだけを抱き募らせ全力疾走するだけだ。まさに主人公は異世界において過酷苛烈な現実を変える手段を見つけ出す。

 

 

 

 異世界、鬼、能力、心の闇、登場するキーワードをあえて言うなら中二病的なマンガ。とはいえほとんどのマンガは中二病要素があるのだが……

 本作はそれら特段珍しくない題材キャラの設定を深堀することで壮大な独自の世界観に昇華させている。画力に関しては未熟な部分があった読みにくさは一切感じない。様々な人間関係、家族問題という現代的要素を取り入れることで読者の共感を生んでいる。

 裏サンデー初期の名作と言っていいだろう。