60. 『瑠璃の宝石』1~3巻 宝石を探し見て触れば地球を知れる
今年に入ってからずいぶん更新が途絶えてしまい申し訳ないです。
前回も触れたようにマンガは新たなものも含めてそれなりに読んでいるのですが、ブログを書くモチベーションが上がらず……というよくある心理に陥ってました。
今日からまた細々まとめてアップしていくつもりなのでよろしくお願いします。
さて、「岩石」にどんな印象を持っているだろうか。
どこにでもある、形の変わらない、地味……そんなイメージが強いかもしれない。
しかし一口に岩石と言ってもその種類は無数にある。さらに色も形も成り立ちも多様な自然物であり、古くから人類文明を支えてきた必要不可欠な存在だ。
今回は石を愛するひとが主役の科学マンガだ。
渋谷圭一郎先生の『瑠璃の宝石』は現在3巻まで発売中の作品。
綺麗な石=宝石が好きな主人公(瑠璃)は近郊の山で水晶が採れると聞いて早速一人で向かったが、どこにあるかもわからず諦めていると森の中で大きなハンマーを担いだ一人の女性と出会う。彼女は鉱物学を専攻する大学院生で、半ば強引に水晶採掘を案内してもらうことに。
この日をきっかけに2人で鉱物採集に出かけるようになり、主人公はみるみるうちに鉱物と学問の魅力を知っていく……
ありそうでなかった?鉱物学にスポットを当てたマンガ。似た作品で地学部をテーマにした『恋する小惑星(アステロイド)』がある。そちらも鉱物は出てくるが、あくまで地学全般、そして宇宙がメインなので出番は少なめ。(ちなみに私はアニメのみ視聴)
本作の注目点は鉱物学への真摯な眼差し、そして魅力の伝え方だ。
主人公に様々な知識と経験を与える大学院生は専門家ならではの深い洞察力と豊富な鉱物情報でいつも助けてくれる。彼女は鉱物学を修めたという作者本人の半身なのだ。その確かな科学的知見に基づくわかりやすい解説は各話の間に挟まれた解説文にも表れている。
登場する石は水晶に始まり、ガーネット、黄鉄鉱、金、サファイア、瑪瑙など宝石や鉱物を採集に行く。場所は恐らく関東地方をモデルにした山だろう。
しかしただ採集に行って終わりではない。石のでき方を学び日本国内の地形の由来を知り、どうしてこの石がここで採れるのか推測し証拠を集めて実証し、どうすれば目的の石が見つかるのか考える。
たった一つの鉱物標本から科学的プロセスを経て金銭ではない限りない価値を見出す作業が丁寧に描かれている。綺麗な石が好きで始まった主人公も少しずつ知的探究心に目覚めていく。その変遷は読者の原初の好奇心をくすぐる貴重な体験になる。
一巻のある話で主人公たちが採集に向かった山で「鉱物採集禁止」の看板を見つける。主人公は
「誰も見てないし採ってもいいんじゃ?」
「こんな看板があるせいで採れない」と苛立ちを見せる。するとすかさず院生の彼女は感情を抑えつつも厳しく叱る。
「それをしてしまうと一緒に採集に行けなくなる」
主人公は納得、院生は代わりに別のポイントを自力で探そうと提案する。
結果として二人は新ポイントで目的の鉱物と出会う。
序盤の話にこういったルールやマナーに関する話題を入れた作者は素晴らしいと思う。趣味や仕事など専門的な内容を取り扱うフィクションはどうしてもその魅力や良い点ばかり注目されがちだが、現実はそう都合よくいかない。初心者には負の側面や守らなければいけない事を伝えなければならない。それをしっかりかつ重た過ぎず話に盛り込んでいる。
一般的なこの手の趣味・仕事マンガは女子がワイワイキャッキャするのがメインの作品も少なくない。一方で本作はキャラの可愛さのみを前面にはせず無意味な肌の露出もなく過度な描写がない。勿論フィクションなのでご都合主義的な展開はあると思うが、あくまで人も自然も実世界に則している。作者が石を、鉱物を、科学を愛しているからこそ紡がれている作品だ。
読めば道端に転がる石ころも、河原に散らばる丸石も、建物に使われる石材すら”普通の石”ではなく”特別な石”に見えてくるだろう。
未知は私たちのすぐ隣で今も息づいている。
世界はどこまでも際限なく広く輝いているのだ。