88. 『ハクメイとミコチ』1~11巻 小さな世界の当たり前の毎日が愛おしい
葉が落ち生き物の息遣いが少なくなる冬場だと感じにくいが例え街中でも足元を見れば自然豊かな世界が残っていたりする。
ここ数日は全国的に急激な春を通り越して初夏の陽気が到来。あっというまに冬眠から覚めた動物や昆虫が芽吹き始めの草花へやってきている。
土筆にタンポポ、ハナアブにミツバチ、トカゲもヒヨドリも一年ぶりの春を謳歌している。
けれど冒頭で言った通り、春だろうが冬だろうが関係なく生き物たちは生きている。
自分たちを蔑ろにする人間の都合なんてお構いなしに。
樫木裕人先生の『ハクメイとミコチ』は当たり前にあるもののありがたみを再認識させてくれる。
樹の中を家に住む黒髪のミコチと赤髪のハクメイ。料理と裁縫が得意なミコチは自作の加工品を商店に卸し、元旅人のハクメイは修理屋兼大工として様々な場所に呼ばれる。
研究者のセン、歌手のコンジュ、コクワのハルノなどなど多くの友人や仕事仲間に囲まれながら、優和な森羅万象の世界で暮らす物語。
自然描写と衣食住がメインテーマのファンタジー漫画。
住民は主人公達のような小さな人やキツネ・アナグマ・イタチなどの哺乳類、トカゲ・ヘビ・カエルなどの爬虫・両生類、鳥類、果ては昆虫までが一緒。動物の目や表情は漫画らしく擬人化しているが外見は本物そのままだ。ふかふかフサフサの毛並みは触りたくなる。
彼らは互いに同一の言語を解しみんな人間のように家を建て、料理を作り、商売をする。喫茶店に飲み屋や卸市場もあるし服屋も図書館も雑貨屋も、人間世界とまったく同じ社会文明がそこにある。ないとすれば機械か。特に電子機器は全くない。文化レベルは中世~近世くらいだろう。
ミコチ・ハクメイら小さな人のサイズは3㎝程度? 彼女たちがスマホに触れる特典イラストがあるのだが、2人合わせてもスマホ(機種不明)一台より小さいか同じくらいだった。
作中にブルーベリーを両手で掴んで食べたり、ザクロのブツブツの一粒を同じように食べていたので正式には3㎝より少し大きいかもしれない。
ちなみに小人とは呼ばれてない。そもそも人間がいない世界で彼女たちが普通の人間なのだ。
ストーリーは一日一話完結を主体に、たまに時間が連続した話がある。
残酷さや辛苦に塗れた話は全くない。だが作中の自然界においても全員と話が通じるわけではない。鳥には独自の鳥語がある。また魚類は陸棲じゃないからなのか文明社会に組み込まれず言葉も話せない。釣りや漁業があることからも分かるように魚は普通に食料の一つとして扱われている。
肉も食材として登場するが、確かに牛馬羊などの家畜系動物は一切登場しない。あくまで野生動物達の楽園、といった雰囲気の中でその「肉」がいったいどこから来るのかは……あまり考えない方がいいだろう。
真面目に考察を始めるとこうした怖い点も出てくるが、普段は人間社会と何ら変わりない。
悲しい出来事があっても親しい人と美味しいご飯を食べれば、涙と共に心が洗われる。
夜な夜な酒を酌み交わせば初対面の人でも打ち解け、気づけば笑いの絶えない間柄になる。
大切な出会いがあり変えられない別れがある。
人でも動物でも、隔ても差別もない世界がそこにある。
ごく普通の毎日に実はぎっしり詰まった幸福を多くの人は忘れている。
多様性の重要さと私たちの近くに必ずある幸せを教えてくれる。
そんな素敵なマンガだった。